2017年7月7日金曜日

哲学なき時代


5年前信じていたものがもう古くて、

大多数の指示が得られなくなる。

多くの人は過激な言葉を求め、

「強い」指導者をでっち上げ、

負の「連体感」で

他者をパージ(追放)する。


5年前に必要とされていたことがもう不要になって、

人々は目の前のエサにつられて

大切なことを見失う。

不満をぶちまけ、どうすることもできないと分かっているのに「強き者」にすがって自己の救済を試みて自滅する。



彼らは巧みに飴と鞭で人々を操る。

彼らに慈悲の心は無く、

人間を都合良く使う「道具」もしくは「使い捨て」の物程度にしかみていない。


彼らが恐れるのは、

真実や正しい考え

自分が吊るし上げられる末路。



彼らにとっての「真実」や「正義」は明らかに詭弁であるのに、あげた拳は下がらない。


嘘は崩れやすくもろい。

だからこそ貫き通さなければならない。

「彼ら」にとって都合の悪い声は、
力でかき消され、自己の保身のため制裁を下す。

相手を脅しかけ、挑発することで自分の身を守り、力をつけていくことしかできない。

AがBを制圧することで
何が生まれる?

Bの効力を無力化したところで、
再び人々を甘い言葉で誘い出し、
新たなCが統率していくだけ。

支配の構図が何を生むのか?

歴史や現実社会が示している。



何が真実で
何が正義で
何が嘘で
何が危険か?




手を取り合い
少しずつ分け合い
困っている人に寄り添う優しさはどこへ


異なる他者を認め、受容する社会はどこへ


苦難や悲しみを耐え忍び、
敵をも味方につけるような愛はどこへ行った?








その問いは虚しく
言葉の海に漂い、揺れて、消えていくだけ。